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解散していた「アステール青森」(東奥日報)
監督兼マネジャーだった舛沢和也さん(45)=五戸町=らによると、解散時の選手は十四人。近年、選手不足が深刻化し、十一人に満たない人数で臨む試合が多く、苦戦を強いられていた。ASCからの支援も〇四年からなくなり、選手だけで費用を賄ってきた。
下のカテゴリーのリーグでは、チームが11人揃わないで試合を行うことも多いと聞いた事はありましたが、まさかアステール青森がそういう状態であったとは知りませんでした。
青森の有力チームの解散は、非常に残念です。
引用記事中にあるASCとは「青森スポーツクラブ」で、元々の運営組織です。
検索してみると色々と悪いニュースが出てきて、組織として問題があるようです。
2002年のワールドカップでは青森が開催地から外されるといったこともあり、アステールは不運が重なりました。